文科省にいわれてしぶしぶ対応か!? 本当に反省しているのか?? 取手市教育委員会一転 両親に謝罪、“いじめ自殺”認め!
「いじめは把握していない」と言ってきた人たちの謝罪を両親はどう聞いたのでしょうか。15歳で自ら命を絶った中島菜保子さん。茨城県取手市の教育委員会は31日夜、両親のもとを訪れ、一連の調査などについて謝罪した。
午後8時すぎ、中島さんの自宅を訪れた取手市教育委員会。両親はこれまで、その態度に振り回されてきました。「いじめによる重大事態でないという決議を撤回させていただきました。心からおわび申し上げたいと思います。本当に申し訳ございませんでした」(取手市教育委員会 矢作進 教育長) 「私たちはもとより菜保子がどれだけ傷ついてきたか。私が思うに昨日の今日なので、謝罪に心が本当にこもっているのかどうか信じておりません。なぜいじめと認めなかったのか、教えてください、説明してください」(菜保子さんの父 中島考宜さん)
ピアニストになるのが夢だった一人娘の菜保子さん。おととし11月、自殺しました。
「あの日以来(ピアノが)鳴らない。こんなに静寂なものが・・・一層悲しくて切なくて」(菜保子さんの母 中島淳子さん)
いじめられたくない。日記に悲痛な思いを書き残していた菜保子さん。死後見つかったメモや寄せ書きには心ない言葉が記され、いじめがあったと証言する友人も複数いました。しかし、教育委員会は去年3月、「いじめは把握できなかった」と発表したのです。その後、両親の求めで、教育委員会は第三者委員会を立ち上げますが、29日両親は公平な調査が行われていないとしてその解散を求めました。 「大事なのは菜保子さんの尊厳を回復すること」(菜保子さんの父 中島考宜さん)
その翌日、教育委員会は態度を一変させます。文部科学省から電話で指導を受けたというのです。 「いじめはあったと断言します。(第三者委の)一部委員や全委員を入れ替えることは少なくとも私たちは考えていない」(取手市教育委員会 倉持正 教育部長) ついに、いじめを認めた教育委員会。31日、文科省に呼び出されて2時間指導を受け、さらに態度を変えます。 「(第三者委を)新たな組織ということも視野に入れてと文科省から助言をもらっているので。最適な組織になるように考えていきたい」(取手市教育委員会 倉持 正教育部長) 「今後、遺族に必要な部分は謝罪する」(取手市教育委員会 矢作進 教育長)
Q.実際に伺って?
「これから弁護士事務所通して遺族と協議しながら考えていきたい」(取手市教育委員会 矢作進 教育長)
こうして急遽、教育長らが両親に謝罪することになりました。
「今日の謝罪は菜保子の日記ですとか、くさやのメモですとか、卒業時に手渡された個別のアルバム、独自に調査した調査資料ですとかをそれをいじめと認めなかったということに対する謝罪ですか」(菜保子さんの父 中島考宜さん)
「行為としてあったことに対しては、いじめだったと認めることで新たにスタートする。そのことに関してもおわびを申し上げる。なるべく足しげく通いながら、中島さんとの信頼関係も回復できるよう取り組む」(取手市教育委員会 矢作進 教育長)
「教育長と会うのも初めてです。なぜ会ってくれなかった。非常に残念です。事がこれだけ進んでから、やっとこうやって出向くのはいかがなものかと思います。今日のところはお引き取りください」(菜保子さんの父 中島考宜さん)
菜保子さんの尊厳を守るために、両親はこれからも公正な調査を訴え続けるといいます。
<私見> 「虐めがあったとは認められない」というのは、虐めが無かったと言いきれないではないか!人が自殺するという事実が存在したという事は、「虐めが存在した」という事を類推するに足りる。教育委員会は、根底に「事なかれ主義」があったのではないか。お詫びの言葉の中にも、責任が及ばないようニアンスの言葉が随所に見られる。こういう公務員の「累がおよぶのを回避する」主義が、虐め問題に限らず、問題が解決の方向に行かない遠因ではないか? 虐めた側よりも、被害者の方が一層辛い目に遭うというのはおかしいことだ。教育委員会の対応が虐め問題を助長しているのではないかとさえ思う! 教育委員会はこの問題に限らず、「学習能力」がない。全国で起きた一連のこういった問題の流れ、顛末を見ていれば、どういう対応が必要かは分かる筈だ。相も変わらず、初歩的な対応から改善の跡が見られない「愚」を繰り返すとは、教育行政を司る役目を担えていないのではないか!?疑問だらけだ!
引用・参考元 ヤフーニュース <TBS系(JNN)>
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