我が郷里須坂市の隣に全国的にも珍しい「九体寺」あり!もっと世に知られてよいお寺だと思う!
九体寺と言えば、京都の浄瑠璃寺が有名である。小生は現役のサラリーマン時代、京都に2年半単身赴任をしたので、休日は殆ど「神社仏閣名所旧跡めぐり」に費やした。普段着の京都・奈良を見ることが出来た。(滋賀県も大阪もそれなりに廻ったが!)その中でもこの浄瑠璃寺は好きなお寺だったので、春夏秋冬10回くらい参拝した。嘗て九体寺は、京の都を中心に30余寺存在したそうだが、この寺以外は戦禍などで悉く消失してしまい、ものの本に依れば、全国にこの1寺残るのみという事だった。
☝京都浄瑠璃寺
京都を離任し、本社に戻ったが、その折ひょんなことから、世田谷に「浄真寺」という寺があることを知った。地図を見ていたら、九品仏駅というのが目に入ったのである。
これは参拝に「行かない訳にはいかんぞ!」という事で出掛けたのである。大きなお寺であった。ここのお寺は、本堂の他に、上品、中品、下品の3堂があり、それぞれ3体の阿弥陀如来様が祀られております。本堂・3堂合わせて九体の阿弥陀如来様で、併せて九体(寺)であります。
☝ 世田谷浄真寺 本堂のほか、上・中・下品と3堂があり、それぞれ3体づつ安置されています
■信州の九体寺 蓮台寺 (若穂綿内)■
その後停年退職し、故郷に戻った訳ですが、偶々須坂に向かって車を走らせていたら、長野市若穂綿内地籍で、「蓮台寺」という小さな案内板を見つけたので、「ああ!小学校の遠足で行ったお寺だ!」と思ったので寄ってみたのです。名前こそ記憶にあったものの、後は紫陽花で有名だったなあくらいしか思い出せませんでした。
☝火事で焼失した際、丸焦げになってしまった「仁王像」・現在は新しい仁王像が寺を守っている。
やっと見つけ、仁王門の脇に車を停め、参道を登り始めたら、「な・なんと九体寺」と案内板が出ているではありませんか! 全く記憶を無くしていましたが、こんな・我が郷里の隣町に九体寺があるとはびっくりしました。当時の小学校先生たちが、全国的にも珍しい「九体寺」を児童たちに参拝させようと遠足の目的地に選んでくれたのだと思う!それにしては全く「九体寺」という記憶を無くしていたのは不覚であった。【須坂からこの蓮台寺までは、片道15kmくらいは優にある! これを文字通り遠足で、全行程往復、歩いて行ったのである! 】
蓮台寺は山の中腹に建立されているのだが、冬に参拝したときは、雪が深くて、また午後の早い時間に日陰になってしまうので、長い階段を登るのに苦労した。では途中を割愛して、本堂の中の様子をご案内しましょう!
☝ ちょっと独特の雰囲気がする本堂内部。
☝ ご本尊の阿弥陀如来様は、本来ここに居られるのですが、現在は本堂裏手の、宝物殿に居られます! いまは文化財という事で、空調の効いた建物の中にご本尊のみ安置する例が多いが、本来はここにお祀りするのが正しいと思う!
☟このご本尊を真ん中にして左右それぞれ4体の阿弥陀如来様が居られます。併せて九体となります。
☝ 左側4体の阿弥陀如来様
☝ 右側4体の阿弥陀如来様
☝ 九体阿弥陀如来様を安置している本堂
参拝客は小生一人のみ。本堂に入らせて戴き、ゆっくりと参拝することが出来ました。この本堂の裏に御本尊様の収納堂があります。御覧のように山の中にお寺は建って居り、この脇から登山道が出ているのですが、その入り口の杉の木の幹には、な・なんと「熊出没!注意」と案内板が括りつけられておりました!長野県は、山また山の地域柄、市内まで熊が下りてくることは、それほど珍しいことではありません。それ故、こんな山の中では、いつ何時目の前に現れても不思議ではありません。参拝も出来たので、つい速足で下山し、車に戻りました。
☝ 鐘楼門の手前にならぶ六地蔵様
京都「浄瑠璃寺」☞世田谷「浄真寺」☞「蓮台寺」と書いてきましたが、この蓮台寺も「九体寺」の括りに入れてよいと小生は思います。とすれば、信州の山奥にこのような全国にも珍しいお寺があることを誇りに思ってもいいと思っています。九体寺に因み案内方々書いてみました。
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