【信州人とは!】第3弾!「松本すずめ、諏訪のトンビ、上田のカラス」のたとえ!

 

「松本のスズメ、諏訪のトンビ、上田のカラス」という言い方があるという。先ず、松本。スズメの様に様々な人が集まり侃侃愕愕、留まるところを知らず。自流の意見を並べ、ちっとも纏らない。百家争鳴を意味し、その論争は論多くして分裂含み。諏訪のトンビ」とは・・・ 上空で弧を描きながら、獲物を見つけると急降下して、あっという間に餌をあさるトンビ。 おいしいところをさっとさらう利にさとい諏訪人を言うのだという。 「上田のカラス」は・・・ カラスはとても利口な鳥。世の中の動きをじっと見て、自分の動き方を決めるのが東信・上田の人間の特徴だとのこと。上田平は、NHK大河ドラマの真田一族の郷。昔から外圧(平賀・村上・武田・徳川・北条など)の脅威にさらされながらもじっと権謀術策、知略を練ったというところだろうか!? 真田丸を見るとさもありなんと思う。

 

さてここまで来て、さて長野は何だっけ!?と思ったが、ちっとも浮かばない。調べてみたがそれについての記述には出会えあなかった。仕方がないので、3エリアの例えとは違うが、「善光寺商売」という言葉を便宜上上げておこう。仏都長野市には、謂わずと知れた「善光寺」の門前町であるが、黙っていても、商いが叶うため、恐ろしく「待ちの商売」が色濃いのである。したがって、他の3エリアと違って、えらくのんびりしたムードなのである。

さて小生現役時代は、両親を郷里に置いてきて、長く2人で生活をさせて来ていた為、入社12年目、会社に我がままを言って、長野支店に赴任させて貰った。4年半在籍をさせて貰い、次の転勤は、北海道か、九州辺りにだろうなあと思っていたら、これまた我がままが通り、松本の転勤と相成った。という事は、奇しくも長野県全体を担当するという境遇(機会)を得たという事となった。おまけに松本は7年半だったので、都合12年という長きに亙って担当という事になった。

 

我が業界では、「生販会議(卸店組合と、メーカーの協議会)」というものがあって、年に2回実施されていたが、な・な・なんと長野県では、それが毎月実施され、その上更に、繁忙期には、臨時の生販会議まであるという。熱心といえば、それまでだが、この会議はぶっちゃけ卸筋が、メーカーを吊し上げる(!?)色が濃い会議なので、正直メーカーの立場で、会社を代表して出なければいけない我々には何んとも億劫なものであった。

 

案の定!その会議は、他のエリアでは、有り得ない程のメーカーへの攻撃(!?)の嵐で、将に百家争鳴!侃々諤々(其の80%は勿論理屈っぽい信州人の卸店側!メーカー寄ってたかって20%の反撃!)であった。まあ!本当に議論を挑むのがお好きな信州人でした。まあ!小生は信州出身だったから、そんなに標的にはされませんでしたが、可哀想だったのが、何も知らない他府県出身者のメーカー責任者!下手に答弁すれば、突っ込まれるし、そうかといって不足すれば、「餓鬼の使いじゃあるまいし!」と更に突っ込まれるし、まあ!地獄の生販会議でしたな!

さてスズメやトンビの話に戻りますが、信州の4エリアには、商売の気風がはっきりしてまして、それらを予め承知してやらないとエライ目に遭ってしまいます。まず、松本・諏訪は、自分たちが他地区に先行して、攻めの商売に徹するところがあります。自分の仕入れ商品を1秒でも早く、1梱でも多く、売り先に卸そうと必死です。

 

一方「善光寺商売」の北信は、毛色が偉く違いまんな! 一斉発売日に品物が(万が一)卸店に入らなくても、何にも言って来まへんがな!こっちが心配になるほど、のんびりしておます! 松本や、諏訪(岡谷)、飯田の卸店は、北信まで攻め込んで来ていましたが、北信の卸は、他地区に打って出るどころではなく、北信の卸先にも配荷が遅く、他地区の卸に食われっぱなしなのに意に介さなかったところが多かった。

 

これをもし、他の3地区でしでかしちゃったら、「さあ!大変!」「今からおらっちに出て来い!」という話になり、それが飯田の得意先だったら、130Kmもぶっ飛ばして、謝りに行かねばなりません。[こういう時の相場は謝るだけでは済まないことが多い!]まあ!同じ信州でも気質がまるで違うという話でした!

 

まあ!小生が長野を去ってから、30年も経ちますので、その間地場の得意先は、全国元卸に吸収合併され、廃業となってしまい、今は存在しませんが、当時はそんなことで、丁々発止と遣り合う中でも、人情味も掛けて(小生が信州出身という事が大きかったと思う)戴き、難しい長野の市場も何とか乗り切れました。今となっては良き想い出です!