行基が彫り込んだ3体の文殊菩薩像の1つを祀る鹿教湯文殊堂を参拝する!

 

 

 

日本3大文殊堂といえば、安部文殊堂(奈良県)、切戸文殊堂(京都府)、高畠文殊堂(山形県)と言われている。私は、京都支店・東北北統轄支店と在職し、3文殊堂に行けたのだが、切戸文殊堂は、天橋立に行きながら、参拝する機会を逃してしまった。明日香の飛鳥寺は、京都離任の8年後に参拝し、思いを遂げることができたが、切戸文殊堂は、未だに心に刺さっている。私は神社仏閣名所旧跡巡りで、いろいろなところに行ってきたが、予めコースを設定して出掛けた事がないのでこういう事態を引き起こす。地図でご覧戴けば、お解かり戴けると思いますが、天橋立の南端に、この切戸文殊堂はあるのだ。何事も予めの準備は大事だってことだねえ!

さて今回は、文殊堂は文殊堂でも、信州鹿教湯温泉にある文殊堂である。別所温泉前山寺までは、度々訪れたことはあったのですが、鹿教湯温泉は、温泉街を通り抜けたことはあっても、車を降りて、歩いたことはなかった。

東北北統轄支店在任中、高畠文殊を参拝し、切戸文殊堂に行ってさえいれば、3台文殊堂を「制覇(!?)出来たのになあ」と思いつつ、東北の任期を終えた。そんな折、帰省した際、初詣で、別所の各寺を訪れたところ、この先に鹿教湯文殊堂がある事を知り、往ってみることにした。

 

【鹿教湯文殊堂(上田市)概要】

 

文殊堂の創建は奈良時代、聖武天皇の勅命により行基菩薩が全国を巡錫し当地に訪れるとただならぬ霊気を感じとりました。行基は霊地と悟り急ぎ早に奈良の都に戻ると三体の文殊菩薩像を彫り込み、弟子の1人園行に1体を託し安置させたのが始まりと伝えられています。

 

以来、「日本三体文殊」の1つとして広く知られるようになり、境内近くから湧き出る鹿教湯温泉は文殊の湯として多くの湯治客が参拝に訪れました。

鹿教湯温泉の開湯伝説には文殊菩薩の化身である鹿が、日頃から文殊信仰に篤い猟師の前に現れ霊泉の湧き出す源泉の場所を教えられたのが始まりとされ、鹿教湯温泉と文殊堂の関係が深い事が窺えます。

現在文殊堂は元禄14年(1701)に着工し宝永6年(1709)に竣工したもので下之原村(現在の下諏訪町)出身の牛山平左衛門が棟梁として手懸けています。入母屋、銅板葺(元こけら葺)、平入、間口3間、奥行4間、正面1間向拝付、当初は3間堂でしたが前面1間分(吹き放し部分)が増築され現在のような形となりました。建物全体が極彩色で彩られ、天井に描かれた見事な龍、正面欄間や向拝、蟇股などには繊細な彫刻が施されています。文殊堂は江戸時代中期に建てられた長野県有数の寺院仏堂建築の遺構として貴重なことから昭和63年(1988)に長野県指定県宝に指定されています。

補足

(※1)日本三大文殊-一般的に日本三大文殊とは大聖寺(山形県高畠町)・智恩寺(京都府宮津市)・安倍文殊院(奈良県桜井市)とされます。又、行基菩薩は文殊菩薩の化身とも云われ行基が彫り込んだ3体の文殊菩薩像は日本三体文殊として信仰の対象になった為、上記の寺院以外にも文殊堂(長野県上田市)、文殊寺(埼玉県熊谷市)、家原寺(大阪府堺市)、竹林寺(高知県高知市)が自称しています。

 

長野県:観光・歴史・見どころ

http://www.nagareki.com/sikakyou/monjyu.html

画像 オリジナル

一部 今よりは風に任せむ 秋旅②-鹿教湯温泉 文殊堂編(長野)2016.10.

https://ameblo.jp/chama-nyan7/entry-12213286474.html