【神社仏閣名所旧跡めぐり】「どの道行けば、🎶この恋を忘れることが出来ますか?♪せめて教えて♬ 道祖神♪♪ 亀倉「道祖神」考!

 

 

 花に囲まれた「庚申塔」に別れ(!?)3分も走らない距離で、今度は道祖神に遭遇した! 少し先には、白山神社鎮守の杜も目に入る。そのちょっと先は、萬龍寺だ。この農道ともいえる細い道は、神仏の集中地だ!

 

直ぐ傍には、濃い緑一色になった妙徳山が、堂々たる山容を横たえ、ここ亀倉の地は、桜こそ散ってしまったが、赤やピンクの花で満たされ、まさに春タケナワである。そんな平和な雰囲気の中に、道祖神は立っていた。

 ☝ 新緑の妙徳山 (須坂南端に位置する里山)

 

車を停めて、案内板を見たのだが、ただ「道祖神」としか書かれていなかった。扨てさてこれでは話が進まんぞ!そこでネットで調べてみた。以下no80rty氏がマトメたものの引用です。https://matome.naver.jp/odai/2140843638999911801

 

道祖神は、路傍の神である。集落の境や村の中心、 村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られる神で、松尾芭蕉の「奥の細道」では旅に誘う神様として冒頭に登場する。村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている。 古い時代のものは男女一対を象徴するものになっている。餅つき(男女の性交を象徴する)などにもその痕跡が残る。

<出典 道祖神 – Wikipedia>

 

村境や峠などの道端にまつられる,禍・悪霊を防ぐ神。旅の安全をもつかさどる。婚姻や出産の神とされることもある。地蔵・猿田彦神と習合したものも多い。さえのかみ。手向けの神。道陸(どうろく)神。出典 「道祖神とは – 歴史民俗用語 Weblio辞書」

 

道祖神は村落の辻や峠の境に祀られ、外来の邪悪なものを遮るという風に言われています。元は道教から生まれたという説もあるそうですが、神道やら仏教など様々な宗教に習合され等して、実に身近な神として親しまれてきました。それ故、遮るという意味から広がり、厄除けや五穀豊穣、縁結びや安産と、いろいろな役割をになう様になった大変な神さまです。<出典 道祖神について>

 

甲信越地方や関東地方に多く、とりわけ道祖神が多いとされる信州安曇野では、文字碑と双体像に大別され、庚申塔・二十三夜塔と共に祀られている場合が多い。<出典 道祖神 – Wikipedia> 原田悠里の「安曇野」はよく道祖神の雰囲気を表現している!名曲である。

 

 

■由来■

もともと道祖神は中国の神で、道中の安全と道案内を務めるとあります。日本でも同じ役の神話の猿田彦や八街(やちまた)神がおり、容易に受け入れられ辻に建てられたでしょうが、これと障の神、岐の神、子孫繁栄の神、子育ての地蔵、六地蔵、石信仰など混在しあった由来は面白いが判りにくいものです。出典<道祖神について – 歴史 – 修二の独り言>

 

■種類・形状■

・単体道祖神

・単体二神道祖神

・球状道祖神(球状は、胞衣を象徴するといわれる)

・文字型道祖神

・男根型道祖神

・自然石道祖神

・題目道祖神

・双体道祖神

・餅つき道祖神(男女の性交を象徴する)

・丸石道祖神

・多重塔道祖神

☝ 上田市野倉の道祖神

確かに、安曇野は、道路の角々に、多くの道祖神が見られる。東信地区でも、別所から、鹿教湯温泉に、抜ける「女神岳」の麓にある野倉の道祖神のように、有名な道祖神も存在する。北信にはあまり存在しないような印象だが、須坂に存在したことは、うれしい限りである。10分ばかりの滞在だったが、満足の一瞬だった。

 

参照・引用 no80rty氏がマトメたものの引用です。https://matome.naver.jp/odai/2140843638999911801

画像元 オリジナル