秋田の旅 赤神神社五社堂 ☞ 日本の渚100選 鵜ノ崎海岸 ☞ 唐松神社の旅! 雨の中秋田のパワースポットを走り抜ける!

 

又もや思い付きで、秋田の海岸端を走り、青森との県境を過ぎ、黄金崎不老ふ死温泉  の露天風呂に入って、Uターンし今度は南下する。八郎潟に入り、略一周し、男鹿半島入道崎に出て、更に鵜ノ崎海岸を抜け、盛岡への帰路に付く。しかし、なんだなあ!疲れちまったよ! マダマダ見所はありそうだし、急ぐ旅でもねえし!そんなことを考えながら、暗くなってきた海岸端を走り抜く!そうこうしているうちに、男鹿に着く。丁度駅前に、古い旅館があったので、今日はここに泊まることに決めた! もう7時ころだったが、何とか泊めて貰うことが出来た。

 

翌朝小雨模様だったが、昨日来た道を逆走し、鵜ノ崎海岸を抜け、赤神神社五社堂を目指す。

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【赤神神社 五社堂】そのⅠ

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA(ピンボケだなあ!すみません!)

鬼が積んだ999段の階段。

五社堂への石段には地元では有名な言い伝えがあります。およそ2000年の昔、漢の武帝が5匹のコウモリを連れて男鹿にやってきた。コウモリは5匹の鬼に変わった。武帝は5匹の鬼たちを家来として使ったが、1年に一度正月を休みにさせました。鬼たちは大喜びして里へ降り、作物や家畜を奪って大暴れし、ついには里の娘までさらっていくようになりました。困った村人たちは、一夜で千段の石段を築くことが出来れば1年に1人ずつ娘を差し出すが、もし出来なかった時には二度と里に降りてこない、という賭けをしました。鬼たちは精魂を尽くして積み上げあと一段!正に完成寸前、というところで「コケコッコー」と一番鶏の鳴き声。鬼たちは諦めて、約束通り山奥へと立ち去ったという。この鳥の鳴き声は、モノマネの上手な村人が石段完成を阻むために鳴き真似をしたとか、いつも鬼に馬鹿にされている天邪鬼が腹いせに鳴き真似をしたとか言われている。鬼が来なくなって何か心寂しく感じた村人たちが、年に一度正月15日に鬼の真似をして村中を回り歩く様になったのが、あの「ナマハゲ」の始まりだと言われている。その鬼が積み上げたという999段の石段を言い伝えを思い浮かべながら登ることにした。朝早く、しかも雨も降っているので、未だ薄暗い階段を只管登った。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA  赤神神社五社堂

その階段は、嘘か誠か…でもそこに確かにある。石段を完成させることのできなかった鬼は憤慨して千年杉の大木をひっこ抜き、逆さに立てたといわれている。五社堂境内の社務所に保存されているのが、それであると伝えられています。

https://www.oganavi.com/spot/37.php

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【赤神神社五社堂】その2

 鬼が築き上げたという999段の石段を、早朝の雨の中を登ると、やがて赤神神社五社堂が見えてきます。祀られているのは5匹のなまはげで、両親と子供3人だといいます。赤神神社の赤神とは、前述の漢の武帝のことだと言われています。男鹿には赤神や鬼に関する言い伝えや神話が数多くあります。「男鹿の赤神と津軽の黒神のけんか」もそのひとつ。

また、そばには覗いたものの余命をあらわすとされる「姿身の井戸」や「御手洗の池」などの不思議なスポットがあります。

引用参考元 男鹿市公認 秋田県男鹿の観光スポット 男鹿ナビ

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【日本の渚100選の鵜ノ崎海岸】

 

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海岸を見ながら、男鹿市方向に走る。奇岩があったり、漁村があったり、変化に富んでいる海岸である。

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【唐松神社】秋田県大仙市協和境字下台84

 

御祭神は饒速日尊。物部氏の遠祖。参道より数段下ったところに社殿がある一寸変わった独特の配置。代々の宮司が一子相伝で継承してきた文献が『物部文書』。蘇我氏との対立で敗れた物部守屋の子・那加世(なかよ)が、秋田に落ちてくる際に持参した古代史料の写しとされる。昭和58年(1983)に一部公開、大部分は依然として未公開。同書によると物部氏の発祥地は東北。饒速日尊は鳥海山に降臨。10種の神宝を奉じた場所が唐松神社である。 ※ 日本列島パワーポイントの北限<白山と富士山を結ぶ線の真ん中を長野市の皆神神社を経由し、さらに北に延ばすと、この唐松神社に行き付く!)また逆方向の西南の方に線を引っ張ると、なんと伊勢神宮に行き当たるのです! という訳で、この唐松神社には、窺い知れない何かを内包しているのである! ※

※参考文献:『日本の謎と不思議大全 東日本編』 人文社

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以下、『物部文献』により伝わる話。

ニギハヤヒが鳥見山(鳥海山)に降臨。逆合川の日殿山に「日の宮」を造営(唐松神社の起源)。御倉棚の地に一時居住(大仙市協和船岡字合貝の三倉神社がその跡)。

神功皇后の三韓征伐の際、物部膽咋連(いくいのむらじ)がこれを助けた。後に神功皇后は日の宮を詣で、韓国を服(まつ)ろわせたことを記念して月の宮を造営。以来、その社を韓服(からまつ)宮という。

物部守屋の戦死後、その子の那加世(なかよ)が蝦夷の地に逃れてきて、日の宮の神官になった。唐松神社宮司家はその子孫。

※引用参考元 物部文献

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ニギハヤヒが天降りの際に持ってきた十種(とくさ)の神宝(かんだから)のうちの5つ(奥津鏡、辺津鏡、十握剣、生玉、足玉)が残されているという。

参考文献:『日本のまつろわぬ神々』 新人物往来社編 新人物往来社

饒速日尊(にぎはやひのみこと)が鳥見山に降臨、唐松山を御神体とする神社を創建。

心の中の灯火が蘇り安堵感に包まれる。

子宝、安産。

※参考文献:『開運!日本のパワースポット案内』 一個人編集部編 KKベストセラーズ

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唐松神社の御神体は神社の裏にそびえる唐松山。

唐松神社のご神気は火と水のエネルギーが渾然一体となって天空に立ち昇りながら新しいものを作りだすような気質。

唐松神社の隣にある天日宮には、陰と陽を統合する、内的世界と現実世界の不調和を一つにまとめる、というような働きがある。新しいものごとを生み出すパワーが得られる。

※参考文献:『日本全国このパワースポットがすごい!』 若月佑輝郎 PHP研究所

 

以上引用参考元 パワースポット研究所 秋田のパワースポット

http://ookuni.info/05_akita/001.php

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白山と富士山を結んだ線の中間を北方向に延ばすと、長野市の皆神山(皆神神社)に通じる。それをさらに北に延ばすと、この唐松神社に届くのである。その意味でも唐松神社は、日本列島のパワースポットともいえる。

 

雨は一向に止まず、この後角館に出て、武家屋敷を見たが、雨は増々降り注いだ! 今回は省略する。 仙北峠を越え、岩手県に入り、盛岡を目指した。

 

記事引用参考元は、それぞれの項の下に明記。

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