【神社仏閣名所旧跡めぐり】国家鎮護の神として皇室からの御崇敬篤く、下総の国一の宮!鹿取神宮を参拝する!

 

私のサラリーマンは千葉支店から始まった! 昭和45年の事だった! その後東京都内の事業所を転々(!?)として、昭和55年再度千葉支店勤務を命ぜられた! 同一事業所に赴任することは非常に珍しいことであった。57年12月に千葉支店から転任して、長野・松本両支店に勤務、平成6年に本社スタッフ部門を命じられ、平成8年! 何と三度千葉支店勤務を命じられた! 一寸例がない人事だった。お蔭で千葉県は全地区担当した。

そんな訳で、千葉県も、神社仏閣名所旧跡めぐりで、いろんなところを回った。香取神宮もそんな訳で、6.7回は参拝している。鹿取神宮は、茨城県の鹿島神宮と共に、明治以前では、『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀される社格の非常に高い宮として有名である。

 

【御祭神】

経津主大神(ふつぬしのおおかみ)

<又の御名伊波比主命(いはひぬしのみこと)>

【例祭日】

4月14日 6年に一度 勅祭

 

創建は神武天皇の御代18年と伝えられ、祭神は日本書紀の国譲り神話に登場する経津主大神である。 下総国一の宮で、明治以前に「神宮」の称号を与えられていたのは伊勢、香取、鹿島のみというわが国屈指の名社。本殿・中殿・拝殿が連なる権現造の社殿は、鹿皮のような色をした桧皮葺の屋根に黒塗りの姿が実に美しい。また、宝物の中には、国宝の海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)や重要文化財の古瀬戸横涌釉狛犬(こせとおうゆうこまいぬ)、双竜鏡(そうりゅうきょう)などがあり、国・県指定の文化財だけでも200点余を所蔵・所有している。

 

【御祭神経津主命の神話】

香取の御祭神 経津主大神は、出雲の国譲りの神話に出てくる神様です。はるか昔、高天原を治めていた天照大神(あまてらすおおみかみ / 伊勢神宮・内宮の御祭神)は、葦原中国は自分の息子が治めるべきだとお考えになりました。葦原中国は荒ぶる神々が争い乱れていたため、天照大神が八百万神に相談すると、天穂日命が優れた神であるということで出雲国の大国主神の元に遣わされましたが、天穂日命は大国主神に従い家来になってしまいました。次に天稚彦が遣わされましたが、天稚彦もまた忠誠の心なく、大国主神の娘である下照姫を妻として自から国を乗っ取ろうとし、天照大神の元に戻ることをしませんでした。

このようなことが二度つづいたので、天照大神が八百万神にもう一度慎重に相談すると、神々が口を揃えて、経津主神こそ相応しいと言いました。 そこへ武甕槌大神( 鹿島神宮の御祭神)も名乗り出て、二神は共に出雲に派遣される事となりました。

出雲国の稲佐の小汀に着いた経津主、武甕槌が十握剣を抜き逆さに突き立て武威を示すと、大国主神は天照大神の命令に従い葦原中国を譲りました。二神は大国主神から平国の広矛を受け取り、日本の国を平定して、天照大神の元へ復命されたのです。

 

【御神徳】

古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く、特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されており、中世以降は下総国の一宮、明治以後の社格制では官幣大社に列し、昭和17年、勅祭社に治定され今日に至る。

奈良の春日大社、宮城の鹽竈神社を始めとして、香取大神を御祭神とする神社は全国各地に及んでいて、広く尊崇をあつめています。一般からは家内安全、産業(農業・商工業)指導の神、海上守護、心願成就、縁結、安産の神として深く信仰されています。さらに、その武徳は平和・外交の祖神として、勝運、交通 安全、災難除けの神としても有名です。

 

参考 鹿取神宮HP

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