【プレさくら紀行第7弾】日本彼岸桜見立番付小結の実力!信州高山五大さくらの1つ! 

【さくら紀行】

【信州高山村 高山櫻回廊 坪井の枝垂れ桜】

信州も漸く松本や、上田辺りまで、桜の開花宣言がなされた。北信の須坂・高山村は後1週間くらい掛かるのではないかと思われる。そこで「プレさくら紀行」と銘打って、須坂・高山村の櫻をシリーズでご案内します。北信の春は桜を含め、長い雪の季節を耐え抜いて、一斉に花が咲き競う季節です。一度お越しになり、春の息吹をご堪能ください!

 

坪井の枝垂れ櫻 (信州高山村櫻回廊)高山五大櫻の1つ。樹高約10m、幹周囲約8m、根元の直径約4m、樹齢は約500年。「日本彼岸桜見立番付」で西の小結に選ばれている老樹。

 

立松和平はこの坪井の櫻を見てこんな感想を述べている。以下ご紹介。

こんな墓の下で眠りたいなと思ったことがある。

長野県高山村は山の中で、桜が咲くのも遅い。そのため花を惜しむ人が集まってくるので、村は大賑わいである。村の中のあっちこっちにある桜をめざして、人は寄っては散っていく。桜の巡礼をするのだ。桜のまわりにはたいてい神仏が祀られている。人間を超越して美しく気高い存在として、桜も神仏に寄り添っているのだ。

高山村は俳人小林一茶ゆかりの地だ。一茶は幼くして母と死別し、江戸で苦しい奉公をし、故郷信州水内( みのち郡)柏原の肉親たちとの不和に苦しんだ。晩年になって得た四人の子とすべて死別し、妻とも死別して苦しい生涯を送った。その一茶は門人の久保田春耕を頼ってしばしば高山村を訪れた。高山村で桜を見る心からの慰藉を覚えたに違いない。一茶はここで桜の句を残している。気分のよい時につくったのが一つは明るくて、心が滅入っている時につくったのか一つはどうにも暗い。  坪井地区のしだれ桜は、墓地に立っている。樹下の墓碑には寛永の文字が見え、樹齢は五百年と推定されるが、旧家の過去帳による傍証では六〇〇年に遡ると郷土史家はいう。杉木立を背景にし、遠くから見ればそれほど大きいとは感じられないのだが、そばに寄ると神仙の気配が漂っていて圧倒される。

この桜はたくさんの土葬の死体を抱いて花を咲かせているのだ。親木は朽ちて大地となり、そこから枝が出て、またそこからも若い枝が幾つも伸びている。死んでるものも生きているものも、過去のものも現在のものも未来のものも、一つ の命としてここに咲いている。

(以上はhttp://www.otsukastone.co.jp/hakakikou/01.htmlからの引用)

 

残雪の北信五岳、黒姫山や飯綱山、戸隠、妙高山を望む村の高台、天を突くような見事なしだれ桜。樹齢250年、幹周約4m、樹高約22m、樹冠経約12mの勢いのある大樹。映画「北の零年」のロケの舞台にもなっている。

 

高山五大桜は、「坪井のしだれ桜」「水中のしだれ桜」「黒部のエドヒガン桜」、「赤和観音のしだれ桜」「中塩のしだれ桜」になります。

高山村は枝垂桜の古木が多い場所です。他の桜も一緒に回ってみてください。

 

ご参考 須坂の代表的な桜。 延命地蔵のアズマヒガン桜(掲載済み)、観音堂の夫婦枝垂桜(掲載済み)、廣正寺のエドヒガン桜(掲載済み)、弁天さんの枝垂れ櫻(掲載済み)、光明寺の枝垂れ桜、長玅寺=ちょうみょうじの枝垂れ桜(掲載済み)・・いずれも200~400年の銘木です!是非ご覧になってください!

 

信州・北信の春は、長く厳しい冬に耐え抜いた「生命」が、思いっ切り自己を主張する!4月の下旬まで楽しめます!

 

 

記事引用・参考元 http://www.otsukastone.co.jp/hakakikou/01.htm 立松和平氏

画像・動画 Original

 

 

 

 

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