【須坂探訪】蔵の町須坂のもう1つの夏祭り「カッタカタ祭り」エネルギー爆発す!

 

蔵の町須坂も夏まつり真っ盛りだ。先週の日曜日の子供みこしに始まって、21日弥栄祭[祇園祭]が始まり、22日は、現代版夏祭りというべき「カッタカタまつり」が行われた。

さて「カッタカタ祭り」の様子を書く前に、まず「<カッタカタ>って何!?」と思われる方が多いと思われるので、そこら辺から説明します。

嘗て(大正時代)須坂は日本でも有数な製糸業の街で大いに発展したのです。私が小学校に上がる頃までは、市内にも未だ製糸業を営んでいる工場もあり、一般の家でも、繭玉から糸を、繭玉から糸を括り出して、四角の木枠に巻き取る仕事に従事するところも結構ありました。[余談ですがNHKの<日本紀行>という番組が近所のお宅に取材に来たこともよく覚えています]その糸を手繰る木枠の出す音が、「カッタカタ、カッタカタ」と聞こえたので、中野市出身の中山晋平が、須坂小唄を作るに際して、この擬音を歌の中に取り入れたのです。

カッタカタ祭りは、その須坂小唄を背景に、それぞれの連が趣向を凝らして踊るのですが、その歌の中に、「そりゃ!カッタカタのタ!そりゃ!カッタカタのタ!」と合いの手が入ります! その擬音が祭りの名前になっているという訳です。

この祭り自体は、私の年少の頃はなかったと思います。何時頃から始まったかは調べてありませんが、少なくても、私が郷里を離れるまでには行われていませんでしたから、それ以降始まった祭りだと思います。(郷里を離れて早や54年経ちます!)

 

そういう訳で、弥栄祭(祇園祭)みたいな伝統的なお祭りではありませんが、子供も、若い人も、大人も、町内会や、職域、団体などの連を作って、自分たちのお祭りという色彩の濃い祭りで、市民の連帯や町づくりの一環になっているのではないかと思われる。

いま何かと郷土色も薄れ、シャッターが下りっぱなしの街なども増え、人の繋がりも希薄になりがちだと思うが、市民的規模で、こういう祭りが継続されているのはいいことだと思う。

 

祇園祭も25日まで続きますが、天候も暑いですが、市民の「熱気」も最高潮の暑い季節です。

 

 

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