【神社仏閣巡り】 日本三大文殊堂の1つ、真言宗智山派松高山大聖寺(通称亀岡文殊)を参拝する!

奈良県桜井市の安倍文殊院、京都府宮津市の智恩寺(切戸文殊)と共に、日本3大文殊の一つに数えられる亀岡文殊。知恵を司る文殊菩薩を祀る、東北地方稀有の名刹には、合格祈願や学徳成就の為に山形県内外から多くの参拝者が訪れる。

 

停年まで勤めた会社在籍中、2年半盛岡に勤務したことがある。当時は単身赴任だったので、土・日、祝祭日の殆どを「神社仏閣名所旧跡巡り」に費やした。赴任当時は、東北には、「さして見るべきものは無えだべなあ!」と勝手に思っていたが、これがいい方の誤算で、大層楽しかった。特筆すべきは、「東北の祭り」で、何といっても、祭りの参加者が凄く多いのである。それも「えらく気合が入っていて、凄く気持ち」がいいのである。花火大会でさえ、結構な雨が降っていても、中止にしない。私は大曲の花火大会(正式には、全国煙火師競技大会という)には参った。1時から始まるのだが、そのころから既に雨が降っていて、「こりゃあ中止だべえ!」と思ったが、一向に止めず、遂に予定通り21時半までやり切った。大曲の駅で、新幹線の切符の代金を払おうと思って、尻のポケットに入れて置いた財布から、札を取り出して驚いたねえ! 雨に濡れてビッショリだった。ことほど左様にどの祭りでも根性が入っていて、実に気持ちが良い!

 

さて前置きが長くなってしまったが、文殊堂の話に入る。赴任して、2年も過ぎた頃、それまでは、北東北3県を彷徨ったが、後半年で、「ソロソロ転勤かも知れんなあ!」と思ったので、赴任中に、南東北3県も廻っておこうと思い立ったので、それからは南東北を意識的に廻った。

 

最初に行ったコースは、東北道を南下して、北上市に出て、錦秋湖・湯田を抜けて、横手まで出て、13号線に入り南下した。例によって下調べのない、行き当たりバッタリの旅であったが、目に付いたものがあれば、車を停めて、気儘にぶらついた。

 

天童・立石寺などを経て、山形市に出た。ここら辺に来た時、「そういえば山形の何処かに、日本3大文殊の1つがあった筈だぞ!」と頭を過ぎった。「さて!それは何処なんだ!」と観光地図を拡げて探したら、山形を通り越して先の、高畠というところだと判明した。(当時カーナビは未だそれ程普及していなかった)

 

そこで山形は今回省略して、高畠に向かう事にし、この時点で、もう3時を回っていたので、1泊2日の旅に変更する事にした。

 

高畠の駅は、ポツリと立っていたが、えらくハイカラ(!?)な駅舎だった。そこから文殊堂に向かったが、迷わず着くことが出来た。

 

駐車場から、本堂までの参道は結構な距離だったが、ここは山深いので、結構雪があり、灯篭なども半分くらい雪に埋もれていた。

 

山形県高畠町にある亀岡文殊は、正式には、松高山大聖寺と称し、真言宗智山派に属す。その歴史は古く、平安時代の大同2(807)年に徳一上人(当時の奈良東大寺住職)が、平城天皇の勅命を受けて、中国五台山より伝来した文殊菩薩を、ここ亀岡の地に移したのが起源と伝えられる。

 

古杉に囲まれた長い参道。参道沿いには、芭蕉の句碑があります。知恵の文殊様を祀っているため、学校の関係者や受験生や、その家族の参拝が多い。「“知恵”とは“勉強”だけに限ったものではなく、生きていくために必要なものを指す。知恵の文殊様は、家内安全、交通安全、商売繁盛など、生活全般の知恵を授けて戴ける仏様である。

 

【戦国武将との所縁の深い寺院】

 

文殊堂の周辺にも知恵を授かる謂われのあるものがある。お堂を回り込むと、背面に大日如来や文殊菩薩の眷属とされる普賢菩薩、虚空蔵菩薩が祀られている。そして、お堂の裏側の右奥には「利根水りこんすい」と呼ばれる水が湧き出ている。「天然の非常にきれいな水で、戴くと文殊様の知恵を授かることができると言われている。参拝の際に一口飲んで、文殊様から知恵を授かっては如何か!? と書いては見たものの、本堂までは雪が掻いてあり、細いが道が開けられていたが、本堂の裏手まではいけなかった。

 

また、亀岡文殊は戦国武将とのさまざまな縁がある寺院としても知られる。「直江兼続が慶長7(1602)年2月27日に歌会を開催した。その際詠まれた詩歌百首は、『直江兼続等詩歌百首帖』として宝物殿に祀られている。現物を見ることはできないが、その写しを解説付きで寺務所に展示している。他には、伊達政宗が寄進した鐘など(昭和26年に鋳造し直して復元されている)もあり、戦国の歴史に思いを馳せる事もこれまた一興である。

 

以前にも書いたと思うが、京都赴任中は、奈良の安倍文殊院は参拝済みだったが、天橋立に切戸文殊堂がある事を知った時点で、山形に亀岡文殊ありと知っていたのであるが、近畿圏にあるのならいざ知らず、なんで山形の地にあるのか不思議だったが、以来何かの機会があったら行ってみたいと思っていたところ、今回縁あって実現できた。非常に満足だった。

 

ここまで来てしまえば、折り返して盛岡まで走る元気は湧かず、更に南下して、米沢まで出て、一泊することにした。例によって、ホテルも出たとこ勝負。次の日、米沢城や、醸造場、神社仏閣を回り、13時ころに米沢を後にした。あとは、置賜の櫻回廊(場所の確認のみ)や、尾花沢・新庄と北上し、秋田県に入り、横手,大曲,田沢湖・仙岩峠から岩手県に入り盛岡に戻った。

 

 

参考 いま山形から…山形漫歩

http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020020/03/mailmag/series/manpo/kameoka.html

画像元 yjimage