出張明け、帰路、急ぐ旅(!?)でもなかったので、いろいろ寄ってみた!曽原館・六地蔵など!

 

学生のころ、曽原高原に一軒だけあった、「曽原館」という旅館で、サークルの合宿をしたのだが、本日は、出張の帰路だったので、思い出して行ってみることにした。実に50余年振りだ。と言っても、先方にしてみれば、数ある客の、しかも50余り前の話だから覚えている訳はない! ある意味迷惑な話しだと思う。(しかも朝の8時前だから一層迷惑!)

 

道は一本道で、林の中を登って行った。右側に池があったのは記憶通り。その先に建物があったのだが、以前とは変わっていた。その奥の右側に「曽原館」と看板が上がった建物があった。

 

お寄りした次第を話したら、「おかあさん呼んで来るわ!」といって奥に入っていった。暫くすると、「おかあさん」が出てきて、挨拶をしたが、私自身が顔など全然記憶になかったから、さぞかし「おかあさん」も面食らった事だろう!「あの頃は、結構学生さんが、一杯来て貰って、忙しかった」と言っておられた。お忙しいだろうから、程々で切り上げ曽原館を後にした。「これ持っていて下されや!」といって、野菜などを戴いた。

 

 

さて山を下って、八ヶ岳高原線(旧小淵沢線)の線路に沿って、佐久市方向に向かって走った。入沢というところを走っていたら、人家の前に、道路に沿って、数体のお地蔵さんがたっていたので、車を停めて、寄ってみることにした。

 

 

ご覧のように、一見お地蔵さんとはわからないが、このお宅はさぞかし、御利益というか、御加護があるんだろうなと思われた。

 

六地蔵幢は高さ233㎝、安山岩でできた六面石幢で、5百年以上欠損なく保存され、幢形全体の調和や保存状態が良いことから、昭和36年に国指定重要文化財に指定された。

龕部(がんぶ)は、六角の各正面に長方形の窓を貫通し、各窓から六体の像を拝めるつくりになっている。

 

 

刻銘によると永享12年(1440年)に「迷色之師奥州住 秀鶴」の手によって彫られたとされています。地元では、諸国巡礼の奥州の僧「秀鶴」が入沢を訪れたとき、堂守りの尼僧に恋をした。しかし、僧侶の身ではかなわぬ恋と悟り、煩悩を断つために六地蔵幢を造り、供養してこの地を去った、という話が伝えられている。

 

 

今日は出張明けの帰り道で、特に予定も入ってなかったので、帰りがてら、神社仏閣名所旧跡などがあったら、参拝しながら、須坂に戻ろう! この後、岩村田の龍岡城や、神社に参拝することが出来た。

 

 

JA佐久浅間

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